IPOの基本【準備編】|上場準備は、経理の何を変えるのか
講師:齋藤和也 約6分で読めます

開催の背景
上場準備は、中小企業で経理をしていると一生関わらないまま終わることもある仕事です。だから「自分には縁のない話」として飛ばされやすい。
けれど上場準備でやることを並べてみると、そのほとんどが「上場するかどうかに関係なく、やったほうがいいこと」でできています。月次決算を早く締める。請求書の日付ではなく発生主義で計上する。備品が帳簿どおりに実在するか数える。どれも上場企業だけの話ではありません。
この回は、その中身を開けて見せるために開きました。全3回シリーズの第1回で、初回だけはどなたでも参加できる形にしています。
担当は齋藤和也です。公認会計士・税理士として、ベンチャー企業のIPO支援や資金調達、経理のサポートに携わってきました。上場準備の現場で経理の方の相談を受けてきた立場から、経理に何が起きるのかという切り口で話しています。
この回でやったこと
前半は「上場すると何が変わるのか」です。経営者・社員・経理の3つの立場に分けて、得るものと失うものを並べました。
冒頭では、よくある3つの誤解をほどくところから始めています。上場ゴールという言葉、上場が遠のく原因は経理だという思い込み、上場準備企業なら年収が上がるという期待。このうち2つ目は、この回の主張の入口になっています。
後半は時間軸の話です。N-3期から新規上場の年(N期)まで、どの期に何が起きるのか。そのうえで、上場にいくらかかるのか、どんな書類を作ることになるのかまで進みました。時間が押して、資本政策は次の機会に回しています。
上場企業の経理に義務として乗ってくるものは、大きく3つに整理されました。
| 何を求められるか | |
|---|---|
| 開示 | 決算の状態を証券取引所やホームページで公表する |
| 会計監査 | 公表する数字が正しいかを、外部の第三者が保証する |
| 内部統制 | 数字が正しくなる仕組み・不正が起きない仕組みを整える |
決算書を見せる相手が、経営者・税務署・銀行から不特定多数へ変わる。経理にとっての本質はここだ、という説明でした。
扱ったテーマ
- 上場をめぐる3つの誤解(上場ゴール・経理のせい・年収)
- 2030年3月以降のグロース市場 上場維持基準の見直し
- 上場企業に義務づけられる開示・会計監査・内部統制
- 経営者・社員・経理それぞれの、得るものと失うもの
- N-3期からN期までのロードマップ
- なぜ監査法人はN-3期から入っていないと間に合わないのか
- 月次決算の早期化と、決算短信・半期報告書のスケジュール
- 請求書日基準から発生主義・収益認識基準への切り替え
- 実地棚卸しの対象範囲と、固定資産の整理番号
- 内部統制の三点セット(業務フローチャート・業務記述書・リスクコントロールマトリックス)
- 上場コストの3つの層(直接支出・引受手数料・内部コスト)
- 一の部と有価証券報告書、そして開示経験が経理のキャリアに効く理由
- 未公開株の話が来たときの見分け方
つまずきやすかったところ
まず、なぜN-3期なのかという理由です。 上場するには、監査法人(または公認会計士)による監査意見が2期分必要になります。直前期(N-1期)は無限定適正意見、直前前期(N-2期)は無限定適正意見または限定付適正意見。この2期分の意見をもらうには、監査法人が上場の3期前から入っていないと物理的に間に合いません。N-3期という区切りは、そこから逆算して決まっています。
45日という数字の読み方も、取り違えやすいところでした。 決算短信は決算期末から45日以内が目安とされていますが、これは「公表」の期限です。公表の前に監査役・取締役会・管理部長の承認を通す必要があるので、そこから逆算すると、経理が数字を固めていなければならないのは20日から25日以内。45日を締切だと思って組むと、間に合いません。
月次決算の早期化は、経理だけでは終わりません。 上場すると5営業日から遅くとも10営業日で締めることが求められます。ところが締められない原因は、経理の作業スピードより先に、営業が請求書を上げてこない・給与計算が終わらないといった社内の段取りにあることが多い。授業では、締められないものを抱えたまま月次をどう締めるか、という考え方まで話が及びました。ここが経理としての腕の見せどころだ、という位置づけです。
発生主義への切り替えも、思ったより広い範囲に効きます。 中小企業では、請求書を発行した日で売上を立て、届いた請求書の日付で費用を計上している会社が少なくありません。上場準備ではこれを収益認識基準に沿って組み直すことになります。授業では、切り替えるときに「これまではこう入力していた/今後はこう入力する」というメモを残しておくことが勧められました。監査法人との議論の土台になるからです。
実地棚卸しの対象は、商品だけではありませんでした。 レターパック、切手、現金、そして備品。備品には整理番号を振って、どの番号を誰が使っているかまで管理する。これは数字を正確にするためだけでなく、紛失や持ち出しが起きていないかを確かめる内部統制のチェックでもあります。上場していない会社でも「やらないよりは絶対にやったほうがいい」ものとして扱われました。
上場コストは、見えている部分だけを見ていると読み違えます。 よく語られるのは監査法人への報酬や取引所への費用といった直接支出ですが、それとは別に、経理の増員・会計システムの入れ替え・監査役や社外取締役への報酬といった内部コストが上乗せされます。授業では、この見えにくい層まで含めて年間いくらになるのかを置いてみせ、そのコストを吸収できる利益が出ていなければ上場は維持できない、という順序で説明されました。経理が社長に説明できると強い部分です。
そして、上場が遠のく理由は経理ではない、という点です。 審査で止まる会社の原因は、社長による会社の私物化や労働環境の側にあることが多い。近年は労務まわりの質問が増えていて、勤怠データとパソコンのログが食い違っていないかまで見られます。経理が頑張れば上場できる、という話ではありませんでした。
質疑で出たこと
「今この会社の株を買っておけば、上場したら5倍10倍になる」という話は、ほぼ確実にありません。
授業の途中で、未公開株の話が来たときの見分け方に時間が割かれました。確かめるべきは3つ。いまN期から数えてどの段階なのか、監査法人はどこが入っているのか、主幹事証券はどこか。これに答えられないなら、少なくとも上場準備には入っていません。
そもそも本当に上場準備が進んでいる会社は、外部の株主を増やしたがりません。素性のわからない株主がいると、その人がなぜ株を持っているのかを審査で逐一問われるからです。上場を控えた会社の株が一般に売りに出ることは、まずない、という説明でした。
当日は内容が詰まっていて時間が10分以上押したため、質疑の時間はほとんど取れていません。授業の最後には、質問や相談はCuelLinkや公式LINEから受け付けている旨の案内がありました。
次回のご案内
IPOの基本は全3回シリーズです。第2回【審査編】は9月5日、第3回【上場直前編】は9月26日に開催します。内部統制で結局のところ何をするのか、経理としてどんな開示業務を担うのかを、より具体的に扱います。第2回以降はスタンダードプランの方が対象です。
CuelLinkでは、経理の実務に必要な知識をLive授業と動画で学べます。無料登録から参加できる回もあります。