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授業レポート

その就業規則、本当に大丈夫ですか?|労務リスクの基本

講師:社会保険労務士 安田翔太 約5分で読めます

開催の背景

「うちの就業規則、最後に直したのはいつだろう」。そう聞かれて、すぐに答えられる会社はあまりありません。

経理として数字を締めていると、労務は隣の部署の話に見えます。けれど中小企業では、給与計算も社会保険の手続きも経理が兼ねていることが少なくありません。就業規則を作る側であり、同時にそれに従う側でもある。この回は、その両方の立場から労務のリスクを見ておくために開きました。

講師は社会保険労務士の安田翔太さんです。税理士法人で会計と税務を経験してから労務の道に進んだ方で、日々の手続きや給与計算に加えて、M&AやIPOの場面での労務支援も担当しています。会計を知っている人に向けて、会計とどう違うのかという切り口から話していただきました。

この回でやったこと

前半は労務リスクの全体像です。ひとくちに労務リスクといっても中身は5つに分かれます。未払い残業代や不当解雇といった民事、労働基準監督署の調査や是正勧告といった行政、悪質な場合の罰金や書類送検といった刑事、SNSや報道で評判が落ちる信用、そして意欲の低下や離職につながる社内。ひとつの問題が複数のリスクに同時に火をつけることもあれば、民事で解決できれば行政の指導まで至らないこともあります。

そのうえで、会計・税務との性質の違いを4つの軸で並べました。

会計・税務労務
相手税務署・金融機関・株主など少数従業員という「人」
ミスの見え方社内にとどまりやすい友人やSNS、監督署へ届きやすい
広がり方単発。修正申告などで完結する同じ計算式を使う全員に波及する
解決のしかた数字で処理できる気持ちが絡み、数字だけでは終わらない

後半は就業規則そのものです。なぜ雇用契約書とは別に必要なのか、作成から周知までの手順、放置したときに何が起きるのかを、順を追って確認しました。

扱ったテーマ

  • 労務リスクの5つの顔(民事・行政・刑事・信用・社内)
  • 会計や税務とは何が違うのか
  • 法律・就業規則・雇用契約という3つのルールの強弱
  • 就業規則がないと会社は何ができなくなるのか
  • 絶対的記載事項・相対的記載事項・任意的記載事項
  • 作成から周知・届出までの手順
  • 不利益変更にあたるかどうかの見分け方
  • 規定と実態がずれたまま放置したときのリスク
  • 就業規則をいつ作り、いつ見直すか
  • 生成AIを使った規定チェックのやり方

つまずきやすかったところ

ルールには強さの順番があります。 上から法律、就業規則、雇用契約の順です。ここを取り違えると判断を誤ります。

たとえば固定残業代。雇用契約書に「固定残業代◯円を含む」と書いてあっても、就業規則にその制度が定められていなければ、固定残業代は無いものとして扱われます。就業規則のほうが強いからです。逆に、就業規則に書いてある手当を雇用契約書に書き忘れていた場合、その手当は払わなければなりません。書いていないから払わなくていい、とはなりません。

ただし例外があります。従業員に有利になる方向であれば、弱いほうが優先されます。最低賃金より高い時給を雇用契約書に書けばその金額が適用され、低く書けばその部分だけ無効になって法律の水準まで引き上げられます。

もうひとつは、届出より周知が大事だという点です。 労働基準監督署への届出を気にする方は多いのですが、周知されていない就業規則は原則として無効とされています。届出を忘れていた場合、効力への影響は原則ありません。一方、周知を欠いていると、争いになったときに規則そのものが無効と判断されうる。順番が逆に理解されがちなところです。授業では、法律が認めている周知のやり方と、「やっているつもりで周知になっていない」よくある状態を具体例で確認しました。

放置のこわさも具体的でした。 法律が変われば就業規則が古いままでも新しい法律が適用されるので、その意味では自動で追いつきます。問題は、会社が独自に定めた古い制度のほうです。もう何年も払っていない住宅手当が規定に残っていると、それを見つけた従業員には受け取る権利があることになります。雇用契約書に書いていなくても、就業規則のほうが強いためです。

不利益変更の線引きも、思ったより広いものでした。 始業・終業を9時−17時から10時−18時へ変える。労働時間も賃金も変わっていないので問題なさそうに見えますが、子どもの迎えの都合で17時退勤を前提に入社した人にとっては不利益です。昼休憩1時間を午前30分・午後30分に分けるのも同じです。一人でも不利益を受ける人がいれば不利益変更にあたりうるため、判断に迷ったら社会保険労務士や弁護士に確認してから変える、という進め方が示されました。

質疑で出たこと

助成金のなかには、就業規則にこの一文を加えれば対象になる、というものがあります。定期的な見直しは本当に必要だと感じました。(齋藤)

努力義務の扱いも話題になりました。勤務間インターバル(勤務と勤務の間を11時間空ける)のように、いまは努力義務にとどまっているものがあります。雇用契約書に「法律のとおり」と書いてしまうと、本来やらなくてよいことまで義務として背負うことになる。一方で、努力義務を就業規則に書いて自社の義務にすると、助成金の対象になることがあります。そして努力義務は、数年後に本当の義務になっていくことが多い。どちらに倒すかを、就業規則ではっきりさせておくのがよい、という整理でした。

見直しの時期についても具体的な提案がありました。経理に閑散期はないので、決算期に合わせるのは現実的ではありません。授業では、働き方が変わった直後をねらう考え方と、年に1回必ず来る手続きに相乗りさせる方法が示されました。規定と実態のずれは、変わった直後がいちばん見つけやすいからです。

生成AIの使い方にも触れました。規定まわりはAIの精度が出やすい領域で、法改正に追いつけているかの確認や、実態と合わなくなった手当の洗い出しに使えます。授業では、社内の書類を組み合わせて「使われていない規定」をあぶり出す手順まで実演し、そこで見つけた論点を専門家に投げるという順番が現実的だ、という整理でした。

次回のご案内

就業規則は全2回のシリーズです。次回の【応用編】では、副業・フリーランスの扱いや懲戒の問題など、より具体的な論点を扱います。

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